<第7話/ウェイトレス服といかれ帽子屋の美味しい紅茶(1)>
後ろ向きに、歩いて 歩いて 歩いて。
太陽が自ら離れていくように ぐんぐん 遠ざかっていて、
「あっ」と 気づいた時には、月明かりに照らされていた。
薄ぼんやりとした闇の中、ある特定の場所だけが 月の光を集め、
スポットライトを浴びたように光っている。
その光っている場所には、大きなテーブルと たくさんの椅子。
そして その上には 大・中・小と形も様々なティーカップにティーソーサー、
そして なぜか人形やヌイグルミまでがところかまわずと言ったかんじで
置かれていた。

男が一人、椅子に座りティーカップを口にはこんでいる。

 あれが帽子屋?

消え入りそうな その男の姿は月光と同化してしまいそうで、
しっかり見るためには、目をこらさなければいけなかった。

大きめの真っ白なシルクハットに、これまた真っ白なタキシード。
そして、そのシルクハットからのぞく みごとな銀髪と、潔癖そうな眼鏡。
そう、それはまるで・・・

「邑輝?!」

思わず、密はその名を叫んでしまった。
いそいで口を手で覆ったが、言ってしまった後ではもう遅い。
邑輝は ゆっくりと密のほうに顔を向けた。

「おや めずらしい。
 どこかのお人形がまぎれこんできたようだ。」
「誰が人形だ!!」

クスっと笑う邑輝に、密は近づかないまま叫んだ。
しかし、月明かりに照らしだされ、ひらひらした従者の服を
身にまとった密は、白い肌はセルロイド、髪は金のシルク、
瞳はグリーンのサファイアをはめこんだ本物の『お人形』のようだった。

「いつまでもそんなところで立っていないで 席についたらどうだ。」
邑輝は、冷ややかな笑みを浮かべ密を席へと促したが、
密は身動きせず、邑輝を睨んでいた。
いつまでたってもいっこうに動かない密に 邑輝は小さく笑うと、
「どうやら、ぼうやは私たちと一緒にお茶を飲みたくないようだよ。
 ヴェロニカ。」
そう言って 机の上の、一番 高級そうなドレスを着た人形の頭をなでた。
その人形の首からぶらさがっている、金の懐中時計。

「??!そっっその時計は?!!」

 もしかして 都筑のなんじゃ?!

思い、いそいでかけより 人形の首から時計をはずそうとする手を邑輝に
制された。

「いきなりヒトのものを盗ろうとするなんて・・・
 都筑さんは 一体 ぼうやにどのような躾をほどこしているのでしょうね。」
「なんだと?!」
「ああ、躾ではなく メイドとしての教育でしたね・・・。
 ・・・どちらでも同じことでしょうが。 」
「っっ!!」
怒りで ほほを上気させる密を見て、邑輝は薄く目を細めながら
密の手の中にあるセンスにからまった布地に視線を落とした。
「・・・ウェトレス服か。」
「??!な、なんでそれを??!」
「見ていたからな。」
そう言うと邑輝は、つかんでいた密の手を離し ティーカップの中の紅茶を
飲み干した。

 見てた だって?!
 いつからだ?!ど、どこまでだ??!!!

グルグルと、頭の中が混乱する。
よりにもよって、一番嫌いな奴に さっきのアブノーマルとしか言えない
外での行為を見られてしまったのだ。

「誰にでも すぐ腰をふる。とんだ淫乱なボウヤだな。
 そんなに見境無く奉仕するメイドでは、主人の都筑さんも
 さぞや困っているでしょうに。」
吐き捨てるように、あざ笑うように、邑輝はつぶやいた。

 ??!!
 そんなっっ !! いっつも俺から誘ってるわけじゃねぇのにっ
 ・・・でも・・・・

言い返せない自分がいる。
たしかに、はじめは無理やりなことが多いのに、
いつも 最後にはしっかり感じてしまっている。

密は、ぎゅうっと自分の体を抱き 口唇を噛みしめた。

少しの間、会話の無いまま時間が過ぎる。
都筑の時計が時を刻む音が響くが、それはとてつもなく不規則だ。
まったく一定ではなく、好き勝手に時を刻んでいる。

「・・・壊れていますね。」
沈黙を破ったのは邑輝の声だった。
「え?」
「都筑さんの時計ですよ。
 ほら。秒針がおかしくなっている。」
そう言って邑輝は懐中時計を手にとり 密のほうに向けた。
「あ・・・ああ。
 そうなのか?この国の時計なんだし、これが正常なのかと・・・」
考えることを放棄したように ただ ボーっとしていた密は、
邑輝の、自分には絶対に使わないはずの丁寧語にとまどいながら
そう答えた。
邑輝が、クスっと笑みをこぼす。
それは密には初めてむけられるもので、いつも冷ややかな笑みしか
知らない密は、さらに とまどいを隠せなかった。

 な、なんなんだよコイツ!!
 いっつも馬鹿にしたような顔でしか
 俺のこと見ないくせに!!!

視線を泳がせまくっている姿を見て、もう1度邑輝は笑うと
「さぁ。そろそろ席に着いて。
 ティータイムにしましょう。」
と、密を隣の椅子に促した。
混乱したままの密は、とくにあらがうもなく、そのまま座ってしまった。

密の前に、ティーソーサーとカップが置かれる。
膝の上にセンスを置き、そのまま じっとしていると
「お茶を飲む前に・・・」
と、邑輝が膝の上のセンスを取り上げた。
「何するんだよ!」
「せっかく こんな可愛い服があるのですから、着てみてはいかがです?」
「な?!」
密が批難の声を上げたと同時に、邑輝がパチンと指をならす。
次の瞬間、複雑にセンスにからまっていたはずのウェイトレス服が
密の体に着せられていた。
しかも、ぐちゃぐちゃになっていたのにシワ一つない。
従者の服は、消えてなくなってしまっている。

「な、な、な??!」
「どうせだから、ヘッドトップもつけましょうか」
にっこり笑って、もう一度邑輝がパチンと指をならすと、
密の頭の上に、ちょこんとヘッドトップがあらわれた。
「似合いますよ。」
邑輝は満足そうである。

 そんなワケ無ぇだろ〜〜〜〜〜〜!!!!!

思いっきり殴ってやりたいが、そんな気力すら浮かんでこない。
せっかく、まだマシな服を着ていたというのに、またもや変な格好を
させられてしまった。
しかも、ウェイトレス服。

「ハーブティーで良いですか?」
「ああ・・・」

 もー・・・なんでもいいよ・・・

脱力感を感じ、密はそのまま紅茶がそそがれるのをおとなしく待った。
こぽこぽと音を立てて注がれる紅茶から、甘やかなハーブのにおいが
漂ってくる。
紅茶がそそがれると、密はすぐにティーカップに手をかけたが
「お茶の前に、時計を修理したら どうだい?」
という声が後ろからかけられ、そのまま動きが止まってしまった。

「??」
後ろを振り返ってみると、見慣れぬ男が立っていた。
そしてその頭には、都筑と同じようにウサギの耳がついている。
しかし、その耳は淡い黒色で ベロアのような光沢がある。
「ああ。咲貴ではないですか。ひさしぶりですね。」
邑輝は無表情にそう言うと、すぐに紅茶へと口を持って行き
それ以上 会話をする意思が無いことを示した。

「いつまでたってもつれないなぁ。」
咲貴は苦笑をこぼすと、
「のど渇いたからもらうね。」
と言って 密の為に入れられた紅茶を くぃっと飲み干す。
「あ・・・」
「やっぱ一貴のいれる紅茶は美味しいね。
 たまには俺にもごちそうしてよね〜。
 血が繋がっていないとはいえ、兄弟なんだからさ。」

 兄弟?? 

ちらっと邑輝を盗み見すると、邑輝は ほんのわずか眉をひそめ
あきらかに不快感を漂わせた表情をしていた。

「さて。ところで 君は・・・密君、だったかな?」
「は、はい!」
いきなり話題をふられて、密は あわてて咲貴と呼ばれる男を振り返った。
「この時計は、君の?」
「い、いえ。・・・知人のです。」
「彼の“主人”のですよ。咲貴。」
あきらかに不快な声で邑輝はそう口をはさんだ。
しかし視線は閉ざされたままである。

「ふぅん。」
咲貴はそんな邑輝を見て楽しそうに薄く笑うと、密の肩越しに手を伸ばし
時計を手にとった。
「あ・・・」
「俺が直してあげるよ。」
にこりと密に微笑みかける。
邑輝は、ただ瞳をとじて黙っていた。
嫌な雰囲気に、密はどうして良いものかわからず
「おねがいします。」
と、小さく言ってしまっていた。

咲貴はもう一度にっこり笑うと、
「かしこまりましたぁ!」
と言って、なぜか机の上にあるバターに手をのばす。
「??」
密が疑問符を頭に浮かべた瞬間、咲貴は素早く懐中時計を解体し、
ゼンマイがあらわになった それに、バターを塗りたくり始めた。
「な、何やってんだよ!!」
「え?何って??修理だけど?」
「っっ?!」
批難する間もなく、今度は ハンマーを取り出して がんがんと
バターまみれになった懐中時計を叩き始める。
「わわわわわわわ!!!!!」
がしょんがしょんと音を立てて、時計はバラバラになっていく。
邑輝はただ、気にするでもなく何杯も紅茶を飲みつづけていた。

「ふぃぃ。もうちょっとで直るぞ。
 あとは仕上げに苺ジャムを・・・」
「もう やめろ〜〜!!!」
おもわず 怒鳴ってしまった密を、きょとんとした顔で咲貴はみつめた。
「それ以上、破壊するな!!」
ばっと、密は咲貴から ぐちゃぐちゃのバターまみれでただのガラクタに
なってしまったそれを奪う。

「ああ・・・」

 もーどうすんだよ・・・こんなになっちゃて・・・
 やっぱ、邑輝の兄弟なんかに頼むんじゃなかった・・・

密は大きくため息をつくと、咲貴を ギっと睨んだ。
しかし咲貴は、
「大丈夫だよ。もう少ししたら、直るからさ。」
と、小さく肩をすくめて笑った。
そんなことを信じられない密は、少しでも もとの形に近づけようと
エプロンでバターをぬぐいながら 下に散らばったゼンマイをかき集める。
そんな姿を見つめながら、苦笑まじりに咲貴はポケットから、
小さな苺ジャムの瓶を取り出した。

「そんなことよりもさ。
 この苺ジャム、すっごく美味しいんだよ。
 食べてみない?」
「いりません。」
あきらかに不機嫌モードで そう言ったが、咲貴は苺ジャムを指ですくい、
問答無用で密の口の中に ジャムまみれの指をつっこんだ。
「んんっ!!」
「甘いでしょ。」
咲貴は、すぐに密の口から指を引き抜くと そのまま自分の口の中に
指を持っていった。
「君の口唇も甘いのかな?」
咲貴がそう言って くいっと 密のあごを持ち上げると、
「いいかげんにしなさい。」
と言う、邑輝の不機嫌そうな声が響いてきた。

さっきまで、一人 無口に紅茶を飲んでいたのに いつのまにか
咲貴の後ろ襟をつかんでいる。

「やばい。やり過ぎちゃったかな?」
「早く帰ったらどうですか」
そのまま バリっと、密から咲貴をひきはがす。
いけしゃあしゃあとしている咲貴を邑輝は強く睨んでいるが、
甘いものが苦手な密は、苺ジャムの甘さに 少し気持ち悪くなっていた。

口元を手で覆っている密の頭上で、少しの間 睨み合いが続いたようだが
「わかったわかった。帰るよ。」
と言う咲貴の声で、決着がついたようだった。
「それは良かった。早く帰ってください。」
辛辣な 邑輝の声に、咲貴は面白そうに笑うと、
「一貴もさー。
 好きなお人形があるなら、ちゃんと自分のものにしとかないと
 また誰かに壊されちゃうよ?」
と言った。

「・・・。」
邑輝の表情が変わる。
しかし、そんなものには全く動じず、
「ありゃ。ちょっと調子にのって うかれ過ぎちゃったかな?」
ちゃは。と、咲貴は舌をだしておどけると
「じゃあね。密君。」
と言って、後ろを向いた。
その後ろ姿に、邑輝は机の上に置かれていたペーパーナイフを
投げつけたが、咲貴は小さく見をよじって それをかわすと
「そうそう。さっきの苺ジャム、ほんのり催淫効果があるから。
 弟想いの兄貴に感謝してよね。」
とだけ言って、そのまま文字通り 跡形も無く 消えてしまった。

 は?!催淫効果??!!!

チっと舌打ちする邑輝の足元で、密は咲貴の言葉を頭の中で反芻する。
『さっきの苺ジャム、ほんのり催淫効果が・・・』

 なんだって〜〜〜〜〜??!!!

思ったときには、すでに体が熱くなってきてしまっている。
ぎゅっと、体を縮こめて 下肢にたまる熱をおさえようとする密に
邑輝は気づいた。
邑輝は『フム』とうなづくと、密の顎に手をかけ熱にほほを赤く染めている
密の顔を自分の方にむかせる。
「な・・・にすんだ!!」
「据え膳 喰わぬは男の恥・・・でしょう?」
そう言って、邑輝はニヤリと笑った。
 
 催淫効果のジャムを食わせるほうがよっぽど『恥』だろうが〜〜!!

心の中の叫びは、邑輝の口唇で口をふさがれたせいで
声にだされることは無かった。