| **HAPPYEND* BIRTH DAY | |
「あ...ったぁ!!」 都筑は店先だというのにもかかわらず、歓喜の声を上げた。 と言っても、しなびた古本屋の中、居るのは店員のじいさんと猫と都筑だけではあるが。 じろりとじいさんは都筑に対して視線を送ったが、それから一言「1万円だよ。」と 金額だけをつぶやくと、読んでいた新聞へとその視線を戻した。 礼と金を置き、都筑は急いで店の外へとでる。 「寒。」 はぁと息を吐くと白く空気が濁った。 もう、そんなにも季節は冬へと向かっているのかと感心する。 こんな寒い日は、愛しい恋人をすっぽりとこの胸に抱きしめたいものである。 しかし、今自分が胸に抱いているのは、その愛しい恋人への誕生日プレゼントで。 例年よりも慎重に選んだ今回のプレゼントは、密がしきりに読みたがっていた童話だった。 『CENERENTRA』と書かれたその本は、イタリアの戯曲のもので、 俗に言う『シンデレラ』のことである。 密が言うには、この戯曲には、魔女もかぼちゃの馬車も出ず、重要アイテムのガラスの靴も出て来ないらしい。 つまり魔法はナシだ。魔法は無いけど、奇跡は人が起こしてくれる。 少女を次世代を背負って立つ王国の妃の器に相応しいと見込んだ王子御教育係の学者アリドーロが シンデレラの夢の実現に手を貸し、みじめな灰かぶり娘を幸せな王妃へと大変身させてくれた。 この物語は、断じて小娘の玉の輿サクセスストーリーなんかじゃない。 イジメや親の虐待に耐える子供たちに希望を与える戯曲なんだ。 そう語った密のことを思い出す。 悲観的でもなく、自分の過去を振り返るようでもなく。 ただただ純粋に読書好きな少年の、本に対する熱意のようなものがひしひしと伝わってきて 微笑ましかった。 少年...だった密は、体はその言葉のままでも、もう24歳だ。 「早いよなぁ。」 つぶやくと、自分が年寄り臭い気がして笑いがでた。しかし充分、年寄りなわけだが。 「わっ。もうこんな時間か! ...一日遅れどころか二日遅れになっちゃったな。」 がっくりと肩を落とすと、溜息も白く染まる。 毎年、バースデーは皆で楽しく密を祝い、そしてその後二人で...というパターンだったのだが 今回だけは「はじめから二人だけでやりたいから」と、皆に言っておいた。 友人達で、二人が恋人だということを知らないものは、ほとんどいない。 密はそのことを知らないが、都筑は周囲の者達にさきにそれを告げることで 恋人に手を出すものがいないように先手をうったのである。 そして、だからこそ友人達が密に対して祝いの言葉やプレゼントを その恋人である都筑より先に贈る者はいなかった。 誰も祝ってくれない誕生日。 そのことが、密を悲しませている。 都筑は、そんなことに気づかず、ただ密が喜んでくれる顔ばかりを想像して、 月の澄んだ夜の道を、空を見上げながら帰ったのであった。 |
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| *** 「さぁ、どうぞ。」 促されるままに、一つ礼を述べて密は目の前に置かれたコーヒーカップを手に取った。 こくりと飲み下すと、あたたかな液体が喉を通り体を温める。 その安堵感からほぅっと溜息がでると、巽の口元にも小さな笑みが漏れた。 それに気づいた密は、なんだか恥ずかしくなって俯いてしまった。 よくよく考えると、自分がとてつもなく子供っぽく思てくる。 誕生日を祝ってもらえなかったくらい、それがどうした。 そんな気になる。 「俺って...。」 「はい?」 語りだしはじめた密を巽が言葉で受け止める。 さりげない心遣いが、巽は長けている。 小さな返事一つで、自分が話したいことを真剣に聞いてくれるんだと、安心させるのだ。 「俺って...自分で思っていたよりも、凄く子供じみているみたいなんです。」 “恥ずかしい話ですけど”と付け加え顔を上げないままの密の傍に、巽は近寄った。 ぎしりと上等なソファが軋む音がして、密は巽が横に座ったことを感じる。 「どうしてそう思いますか?」 俯いたままの密の横顔を、穏やかに微笑んで巽は問いかけた。 「俺...の誕生日だったんです。昨日...。」 その優しい空気におさえていた感情があふれだす。 子供じみた醜態も、今なら見せても良いのではないか?と、自分を甘やかすことにした。 巽はマリアのような微笑をうかべたまま、黙って先を聞いてくれる。 「えっと...その。毎年、都筑が俺の誕生日を祝ってくれてて...。 なのに今年は何も...一言も...オメデトウ、とか。無くて...。」 「そのうえ、都筑さんだけではなく、誰も祝ってくれなかった。と?」 続きを言われ、かぁっと赤くなる。恥ずかしさに燃えてしまいそうだ。 「子供...ですよね。ほんと。」 自嘲気味に漏らした密の肩に、ふわりと包み込むように巽は手のひらを置いた。 「そんなことはありませんよ。」 多くは語らず、密の幼さを受け止める。 密は、そんな巽に縋るように自分の頭を巽の胸元に寄せた。 とくりとくりと聞こえてくる胸の鼓動が気持ち良い。 もし、これが都筑なら。 瞳を閉じて考える。 縋ることなどできないだろうな...と、密は思った。 都筑に対してだと、どうしても意地を張ってしまう。 プライドが先にたって、言いたいことも言えなくなる。 ただでさえ、男同士の恋人関係で、本来異性同士の恋人であれば 女性が受ける扱いを密は受けている。酷い扱いでは、勿論無いわけだが。 もし、今のように抱きしめられていたなら。 密は嬉しい反面、素直になれず、都筑の腕を跳ね除けてしまうことだろう。 「不思議だ...。」 つぶやく密を、まるで幼子のように胸に抱いている巽が、その先を待つように覗き込んでくる。 「こうしていると、凄く安心する。 きっと、都筑とだったら、こんなに心穏やかではいられない。」 密がそう言うと、巽は小さく笑った。 「それは、たぶん...。」 「え?」 小さな声で言い、しまったという顔をした巽を次は密が覗き込む。 「なんでもありませんよ。 そうだ...。」 にこりと微笑むと、巽はおもむろにハッピーバースデーソングを口ずさみはじめた。 「HAPPY BIRTHDAY TO YOU〜♪」 優しげな音程に、密は言葉の先など聞かなくても良いか...と思う。 瞳を閉じて聞き入る密に、歌詞の途中でいったん巽は歌うのをやめると、 「私たちは、黒崎君のバースデーを忘れていたわけではありませんからね。」 と、諭すようにささやき、そしてまた歌を再開した。 どういうことだろうと思った疑問は、心地よく耳から響いてくるバースデーソングにかき消される。 柔らかな音程と、あやすように髪を撫でる巽の手が気持ち良くて、 密はそのまま、自分でも驚くくらいの早さで眠りについていた。 |
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| ――――――――――― 「あなたの胸は、どうしてこんなにも温かいのでしょうか。」 |
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041021,24