**HAPPYEND* BIRTH DAY

♪♪♪
「ん...。」
携帯の音で目が覚める。
寝ぼけた瞼をこすると、なぜか小さくちりりと痛んだ。
器用に密の体を包んだ毛布は、巽が施したのであろう。
毛布がずれないように体を起こし手に取った携帯のサブウィンドウに、“都筑”という名前が映る。
密は一瞬にまどろみから呼び戻された。

「もしもし...」
巽になぐさめられ、せっかく落ち着いていた不機嫌さがよみがえったが、
機嫌が悪い理由を問いただされたところで、恥ずかしくて言えない。
不機嫌さを出さないように、細心の注意をはからなければいけなかった。
『もしもし密。...寝てた??』
しかし、隠し切れずいつもよりトーンの低くなる声に、都筑は寝ている最中に起こしたと思ったらしい。
...実際、寝ていたわけではあるが、機嫌が悪い正しい理由を読み取られず安堵する。
申し訳なさそうな都筑の声は続いた。

『あのさ...今から出てこれる?』
「何時だと思ってるわけ?」
『...夜中 の、3時です...。』
都筑の言葉に、そんなに遅くまで巽の家に居坐っていたのかと密は言葉を失った。
たしか巽の家に来た時はぎりぎり日付も変わっていなかったはずだ。
コーヒーをもらって、愚痴を聞いてもらって。そして、そのまま...眠ってしまったのだ。
「最悪...」
自分の行動に溜息をつくと、都筑は電話の向こうで慌てて『ごめん!』と謝った。
それが可笑しくて、密は小さく自嘲交じりの笑いがこぼれてしまう。
「違うよ。お前のことじゃない。」
そう言うと、都筑の声が疑問符で揺れた。

「都筑さんからですか?」
ふいに、巽の小さな声が後ろから響く。
ソファの後ろ側から、巽は密を見下ろすように立っていた。
「あ...今から出てこれるかって...。」
振り返り、密も小さな声でそう言うと、巽はおもむろに密の携帯を手から取った。
「都筑さん。」
『あれ?!巽??!』
急な割り込みに都筑が驚きの声を上げたのが聞こえてくる。
「黒崎君ならうちにいますから、出て来いなんて言わずに、あんたが来たらどうですか。」
いつものぶっきらぼうな物言いに、慌てるのは密のほうである。
「た、巽さん...っ!」
「だいたい、こんな時間に電話をかけるとは何事ですか。
 常識というものをわかっていますか?わかっているならうちに来なさい。
 今すぐ、ね!」
そう言うと、巽は密に断りもせずに通話停止ボタンをぷつりと押してしまった。
「と、言うわけで。」
向き直った巽は、電話に向けていた表情から一転した微笑で密に語りかける。
「今から都筑さんが来るそうですよ。」
言いながら、巽は水で絞ったタオルを密の手にそっと預けた。
意味がわからず首をかしげる密に、巽は自らの瞼を指差す。
「あ...っ」
気づき、密は慌ててタオルを自分の瞼にあてた。
目が覚めてこすった後に痛かったのは、腫れていたからだったようだ。
熱を持った瞼に冷たいタオルが気持ち良い。



「さて...それでは、お馬鹿な王子様を迎えるとしますか。」
いつものクールな姿からは想像できないようなチャーミングなウィンクをとばし、
巽は密の前髪に小さく口付けを落とした。
まるで魔法のようなそれは、今までの密のいじけた気持ちを完全に消してしまったのだった。



***



「密が巽の家にいるってどういうこと??!」
乱暴に開けられたドアから、ぜぇぜぇと整わない呼吸をそのままに都筑が入ってきた。
急いできたとは言え、もう4時が近い真夜中。近所迷惑もいいところである。
「巽?!」
「...いいから早く入ってくださいよ。」
理由を求めてにらみつけた視線を巽は溜息で返すと、都筑を家の中に招き入れた。

慌しげに靴を脱いだ都筑の目に、密の姿が映る。都筑の視線に密の体がびくりと震えた。
「密っっ。」
弾丸のような速さで都筑は密にむかって走ると、外気の冷たさをまとったままの体で
密をすっぽりと包み込む。
「密〜。」
もう一度名前をつぶやき密の髪に鼻をうずめると、密の匂いとぬくもりが伝わってくる。
都筑の腕にぎゅうぎゅうにまるめこまれている密は、返事どころか息もできない。
じたばたともがくが、抱きしめることに必死な男は気づいていないようである。
「都筑さん!」
入り口で溜息まじりの巽の声が一喝し、都筑の腕の力がゆるんだ。
解放された体に大きく息を吸い込む。
「ああ、ごめん!」
深呼吸で揺れた背中を慌てて撫でてやると、都筑は心配そうに密を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「じゃない。」
覗き込んだ都筑の顎を拳で小さく叩き、密は都筑の体をつき離そうとする。
しかし、都筑が離すわけはない。がっちり抱かれた体を逆に密着させられる。
都筑の胸に顔をうずめる形となった密は、慣れきったはずの都筑の匂いに鼓動が速くなった。
「は、離せっ。」
伝わる前に体を離したい。しかし、都筑は「嫌。」と憎らしげに返す。

「都筑さん。用事があって来たんでしょう?」
しばらく見守っていた巽は、助け舟とばかりに二人の間に割って入った。
子供のように不服そうに膨らます都筑の頬を、巽はつねりあげる。
「いてててててっ  !」
「用事が無いなら早めにお引取り願いましょうか。」
「わかった!わかったから!!」
了解した都筑の頬から巽は手を離すと、そのまま腕組みの位置へと持っていった。
巽を一度睨んでから都筑は視線を密へと戻す。
「密...あの、さ。」
申し訳なさそうな、でも、何かを期待しているような。
そんな表情で都筑は抱えていた包みを密へと手渡す。

「ハッピーバスデー密。」

“かなり遅くなっちゃったけど”と付け加えた都筑の言葉に、危うく密は泣きそうになった。
女々しい感情の己が恥ずかしくなり、密は心とは裏腹に怒ったような表情をとってしまう。
「サンキュ。」
それでも礼を言わなければと、プレゼントをくれた相手に言う礼としては
礼儀の無い言葉を述べて密は包みを受け取った。
開けてみてと言う都筑の言葉通り、包みを開けると『CHENERENTRA』と
書かれた一冊の本が顔を覗かせた。
「読みたいって言ってたろ?
 それ探してたら、誕生日に間に合わなくなっちゃってさ。ごめんね。」
申し訳なさそうに笑う都筑がなんだか憎たらしく思えるのは、自分の感情に振り回されていたせいだ。
黙り込んだ密の真意を読み取れず、都筑は密を心配そうにみつめる。
「黒崎君。」
二人から離れて腕組みをしたまま壁にもたれていた巽が密に声をかける。
思考と感情が許容範囲いっぱいになりだし、うつろになった瞳を巽に返すと、
巽は一言だけ、
「良かったですね。」
と、優しく穏やかに微笑みかけた。
他には何も言わない巽の言葉に、不思議に密は素直な感情でいっぱいになる。
「はい...。」
褒められた子供のような表情で巽に返事を返すと、密はまっすぐに都筑をみつめなおした。

「ありがとう、都筑。」

二人のやり取りをわけがわからないまま軽いジェラシーとともにみつめていた都筑に、
照れくさそうに微笑みながら、密はそう言った。
いつもと違った密のそんな姿に、都筑も照れくさくなってくる。
抱きしめたくなったが、そうすれば密のそんな表情が見えなくなるので
「どういたしまして」と、返事をしただけで我慢した。

初々しいまでの二人の姿に、巽もふっと笑みをもらす。
しかし次の瞬間、いつものクールな表情に戻ると
「さぁ、用事がすんだなら二人とも帰ってください。」
と、パンパンと手を鳴らした。
白み始めた空がカーテンの隙間から覗く。もう数時間すれば出勤時間である。
「げ。」
「やばっ。」
二人は時計をみつめ、それぞれがそう呟いた。
感動にひたっている場合ではない。今日の仕事はちゃんとできるか心配になってくる。
しかしそれよりも、巽に迷惑をかけてしまったことに対して密は申し訳なく思った。
そんな視線を巽に向けると、巽は小さく肩を揺らす。
“いいんですよ”と言うような仕草に、密は熱い思いでいっぱいになった。


「さぁ、さぁ、帰ってください。」
背中を押されて玄関をでた体に、冷たい朝の空気が爽やかに触れる。
「ごめんねー巽ーー!」
ドアの向こうに謝る都筑の背に手をかけると、「逆に迷惑だっつーの。」と言って
密は歩き出した。
「ま、待ってよー!」
取り残される都筑に振り返りもせず足を進める。
さっき、玄関で都筑が靴をはいている時に巽がこっそり囁いた言葉があった。


『黒崎君。
 ガラスの靴なんて無くても幸せになれるんですよ。』

ガラスの靴を泣きながら待つだけのシンデレラではなく。
はだしの足でかけだしたチェネレントラ。
幸せを与えられるのを待つのではなく、自ら追い求めなさいと巽は言いたかったのだろう。
それは、巽の優しい叱り文句だったのだ。


―でもね、巽さん。
 あなた(魔法使い)の存在があったから、俺は。
 どうやら素直になれたみたいです。


言葉と態度で魔法をかけた巽。
密は早足で歩いていたのをやめると、くるりと振り向き都筑をみつめた。
突然振り向いた恋人に、都筑も小さく体を揺らせて立ち止まる。
密はそんな都筑に小さく笑うと体がくっつきそうなほどに傍に寄った。
「都筑?」
「何?」
密の問いかけに問いかけで返す。
「ありがとう。ほんとに。」
ありがとう...。もう一度繰り返した後、密は都筑の頬に淡い口付けを落とした。
一瞬世界が止まったように空気が和らぐ。
都筑は暖かく染まった密の頬に手をかけると、正しく自分に向きなおさせ、
唇と唇を重ね合わせた。

「ありがとう、密。」
深い口付けの後、唇を離した都筑が言う。
「俺、幸せだよ...。」
本来なら密の口から語られるはずのその言葉が都筑から漏れ、それがいっそ密の心を暖かくした。

―よく考えてみると、本当に幸せを手にしたのは姫様じゃなく王子様だったかもしれない。
 だって、王子は賢く気高い裸足のお姫様を手に入れたのだから...。
図々しくも冷静に考えながら、密は都筑の腕の中でそう考えた。

二人の間には大事そうに抱え込まれた一冊の本。
今年も、密にとって忘れられない幸せな誕生日となったのだった





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 「いつでも物語の最後は、”そうして皆は幸せに暮らしました”。なんだよ。」
HAPPYEND*










041029,30