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恋になるまで

はじめての印象。
“なんて生意気な子だろう(顔は可愛いのに)”
最悪。

コンビを組んだばっかりなのに、協力しようともせずに一人で突っ走るし。
(まぁ、若さゆえってのもあるだろうけど)
生意気なことばかり言って、いちいち口ごたえしてくるし。
(今となってはその生意気なところがたまらないんだけどね)

なのになぜか、いつのまにか目が離せなくなってた。
それはもちろん、先輩としての視線とかじゃなくて、恋愛感情のソレで。


「う…ん…。」
コンビを組んで数ヶ月たった、うららかな昼下がり。
めずらしい花を押し花にしたしおりを知人からもらった俺は、どうせなら読書好きの密にそれをあげようと思って
密をさがしていた。


古書のにおいの漂う図書室の中、密は本につっぷして居眠りをしていた。
密もだいぶん、俺の事を仕事のパートナーとして認めるようになっていたけれど、
その、『仕事のパートナー』としての顔以外は絶対に俺に素顔をさらさなかった。
はじめの仕事の時に少しだけ知った密の過去。
それが関係しているのであろうことはだいたい予想がつくし、言いたくないなら無理に聞く必要も無い。
ただ、もう少しだけでも打ち解けてくれれば、仕事がやりやすいのに。とか、思っていた。

なのに、そのときの密はとても無防備に眠っていて。
童話のような古びた本を、幸せそうに抱えていた。


「ん…」
寝言とまではいかないが、眠るその口唇から声がもれている。
気付いてはいないのだろうか?
いつも何のかんのと生意気なことを言う子が、あどけない表情で眠っていることに、
少し驚きながらも、おもわず微笑んで見守ってしまっていた。

さらさらとした絹のような髪が、窓から入る太陽の光を黄金色に光らせている。
ほっそりとしたきゃしゃな体は、ラフに着こなしたTシャツとジーンズでは隠し切れない。
肌は透けるように白いのに、不健康さはみじんも感じられなかった。
男の子のわりには繊細そうな眉とか、赤い口唇とか、長い睫毛のふちどる目とか。
そのときもやはり、密の顔や体から、目をはなすことができなくなってしまっていた。

…おもえば、初めからこの少年に魅かれていたのかもしれない。
だけど、外見だけで恋に落ちるほど俺は若くは無い。
なのに、なぜ、今、こうまでして胸がざわつくのだろうか。
手を伸ばせば触れれる密の頬に、正直とまどっていた。
『恋に落ちる理由』を探していたと言っても過言では無いかもしれない。

(触ってみたら、少しはわかる…?)
密の体に触れてみたいという衝動。
手を伸ばして、密の髪に触れようとした瞬間だった。
「ん…。だれ…だ?」
密の翡翠の目が、実にゆっくりと開いた。覚醒しきれていない、ねぼけ眼だ。
触ろうと伸ばした手が空中を仰ぐ。

「あっ。お、起きたんだ?!」
「ああ…。
 なんか…用?」
寝顔を見られたことが嫌だったのか、それとも起きぬけだからか、密の顔は不機嫌に歪んでいる。
「別に用は無いけど。俺も本を探しにきただけだし。」
肩をすくめて後ろの本棚をかるく振りかえる。しおりはポケットにおしこんでしまった。
「ここには雑誌も漫画もないぜ?」
引き続き不機嫌な顔の不機嫌な口唇が、不機嫌な言葉をはきだす。
「密君ったらひどぉーい!俺だって本ぐらい読むってば!」
そう言いながら密の読んでいる本を覗き込む。何を読んでいたのか気になっていたからだ。
いつもむっつり無愛想な密が、どんな本を読んだせいで、幼子のようにすやすや眠っていたのか。

「…星の王子さま?」
「うるさい!見るな向こう行け!」
覗き込んだ俺をはねとばすように、密は体で本を隠した。
「なんで隠すのー?!べつにエッチな本、読んでたわけでも無いのにぃ〜。
 あ、それとも…実はその下に隠してるとか?えっちな本〜vv」
「だ、だまれ!!!」
おどけすぎた俺に、密の顔は真っ赤になった。照れているわけではなく、怒っているからだ。
「さっさと適当に本でもなんでも借りて出て行けよ!」
すねてしまった。すねるとやっかいなのだ。この王子様は…。

「ごめんごめん。冗談だってば!」
両手をあわせてあやまるが、密は背中しか見せてくれない。
「本当に悪かったって。もうからかわないからさ…な?
 ほんと〜〜〜に、ごめん!!!」
無視されてもひたすらあやまり続けた数分後、やっと密は俺のほうを振り返った。
「もういいよ…。」
「ほんと?!本当にごめんね〜!!!」
俺がそう言うと、密はもう一度机に向きなおし、本を開き読み始めた。

「それって面白い?」
後ろから問い掛ける。
「ああ。」
単語1つの返事。だが、めげない。
「どういうところが面白いの?たしか、書いたのはサンテクジュペリって人だよね?」
密の肩ごしに本を覗き込む。
そこには、簡単なタッチで描かれた愛らしい少年―星の王子様の挿絵が載っていた。
「…。」
「ねぇ、面白いのかどうなのか、教えてよ。」
「…自分で読んでみろよ。」
「面白いかどうかわからないのに、読む気になんかなれないって。」
「…最低だな、お前。」
本好きの密にはあきれたらしい俺の言葉に、密はその本をそのまま俺に押し付けた。

「読んでみろ。お前にとって面白いかそうでないかは知らないけど、
 俺にとっては最高に面白い本だ。」
「…最高の説得力だね。」
くすくすと笑った俺に、密は馬鹿にされたとでも思ったのか、きつくにらみ上げると立ち上がった。
息を呑みそうなほど力強い、その目の鮮やかな生命力。

「星の王子は例え孤独であっても、最後まで王子としての誇りを忘れない。
 そうありつづけることが、王子のプライドだったんだ。」

「え…?」
「…。
 なんでも無い。じゃーな。」
そう言うと密は、余計なことを言ってしまったとでも言うように、口を固く結び図書室を去ろうとした。
その背中を、いそいでひきとめる。

「ちょっと待った!!」
「何?」
「これあげるよ。」
ポケットから、少し皺になってしまったしおりを取り出す。
「これ、綺麗だろ。知り合いからもらったんだけど、俺、あんまり本読まないし。
 密にあげようと思ってさ…。本当は、本を借りに来たなんて嘘でさ、これ渡しにきたんだ。」
「……。」
「はい。」
淡い薄紅色のしおりを密の手に渡す。
密は黙って、それを受け取った。礼の言葉とかは もとから期待はしていない。
薄く、しおりの花が香る。
密の手におさまったしおりは、自分の手にあるときよりもよりいっそう華やかに色づいたように見えた。

「あり…がと、な。」
「え…?!」

期待していなかった密の言葉に、一瞬目を固めてしまう。
「な、何だよ…人が礼言うの、そんなにめずらしいのかよっ。
 じゃーな、今度こそ俺は行くからな!!!」
そう言うと密は、決まりが悪そうに、逃げるようにして図書室から出て行ってしまった。


密が去った図書室の中、本を片手に立ちすくむ。
窓から入るかすかな風は、まだ少し残った密の残り香をからませた。
少し頬の赤くなった密のさっきの光景が、目に焼き付いている。
(生意気だけど…本当は素直なんだよな。)
ついついニヤついてしまう視界の中に、密の押し付けた本が入ってきた。
(読んでみるか…。)
がたがたと密が座っていた椅子をひいて座る。

本を開くと特有のかび臭さと、そして密のにおいが少し漂った。
また微笑みがでてしまうのを押し殺して、ページをめくっていく。
児童文学書のそれは、読みやすい文体で物語を綴っていた。
いつもなら読んでいる途中で本を投げ捨てたりしてしまうが、そんな気にもならない。
その後 1時間ほど、真剣に本を読みふけっていた。
読み終えて、ぱたんと本を閉める。


星の王子。星を無くした王子は、小さいながらも旅をはじめる。
途中で会う、色々な人やものや花。
気高い花は、一瞬密と重なりあったように思えた。

しかし、違う。
密にぴったり合うのは…星の王子だ。
誇り高く、孤独からも目をそらさない。何があっても自分が自分であることを忘れていない。
小さな花とかわした約束を忘れず、はたすために自らの死をも恐れぬ、
王子。
そして自分は…。
王子に魅かれてやまなかった、サンテクジュペリだ。


生意気な目の奥にプライドと生命力を宿す少年に、俺はこのとき初めて恋心を抱いている自分を許したのだった。


* * *


「ひーそかvvv」
「だぁ!もう、うっとおしい!暑いんだからひっつくな!!!」

自分の中の感情を認めてから、俺はあの手この手を使って密にアタックをはじめた。
そして今。密の隣を俺は独占している。
密は認めたがらないけれど、俺たちは『恋人同士』になっていた。

「密ってばつめたぁい!泣いちゃうぞ?!」
「気持ち悪ぃこと言ってんじゃねぇ!!!」
後ろから抱きついている俺を、密は肩を振って引き離そうとする。
だけど、そのたびに密のやわらかな髪が鼻先をくすぐって気持ちが良い。
しかし、本当に暑苦しいらしき密に、おもいっきりひっぺがされてしまった。

「うっとおしいって言ってるだろうが!!!
 …って、お前一体、何持ってんの?」
眉を吊り上げた密の視線が、俺の手に向けられる。
俺の手にあったもの、それは『星の王子さま』だった。
「久々に読みたくなってさ。借りてきちゃった。」
「…ふーん。
 お前が本読むなんてめずらしいじゃん。」
密の言葉に、手に持った本を開く。密は覚えていないのだろうか?
開かれた本には、あの時と同じようにあどけない星の王子のイラストが載っていた。
「覚えてないかもしれないけど、これって密がすすめてくれた本なんだよ。」
「そうだったっけ。」
無愛想な密の言葉に軽い苦笑がもれそうになる。
「…密って、ほんと、この王子みたいだよね…。」
「え?…何か言ったか??」
ぼそりとつぶやいた俺に聞き返した密の言葉に「なんでもないよ」と返した。
「言葉ってやつが、勘違いのもとだからね。」
「あっそ。」
本にでてきた王子のセリフを引用した俺の言葉に、密は小さく笑った。
そしてまた歩みをすすめる密の背中を、俺はもう一度抱きしめた。

「俺だったら王子がヘビに殺されようとする前に、ヘビを殺してしまうかもしれない。」
また引き離されるのを承知でぎゅっと抱きしめた密は、想像とは違って何もせずに立ち止まって俺をふりかえった。
「…なんで?」
「だって、王子が死ぬなんて嫌だし。」
「ガキかお前は。」
密が笑う。
「でも、そうしなきゃ王子は花とかわした約束をはたすことができない。
 お前は王子の誇りを奪うのか?」
「そうじゃないよ。」
「だったら、死ぬことは止められないだろう?」
「でも密?よく考えてみて。
 王子が死ぬのは、宇宙に行くのに体が邪魔だったからなんだ。」
「…うん。」
「死ぬために…自分という存在を消滅させる為に王子は死ぬんじゃないんだろ?」
「うん。」
「だったら俺は…王子が体も生きたまま宇宙に行けるよう、宇宙船を開発するよ。」
「…なんだよそれっ。」
密がまた、今度はさっきよりも派手に笑った。
「でも、そうしたら俺も王子について行ける。
 そして王子は、もう孤独になることは無いんだ。」
「…ふーん。」
密はそう返事を返して、その後何かを考えるように黙り込んでしまった。

そのすきに、密の髪に顔をうずめる。
「んー。良いにおーいvvv」
「…な?!へ、変態おやじかお前は!!!!」
急に我にかえった密は、ガツンっと俺に肘鉄をくらわされた。
「ひ…密君…イタイ…。」
「ばーか。」
密はそう言うと、痛さにうめく俺をほっといて歩いていってしまった。
ケホっと、1つ咳をして立ち上がる。




『大切なものは目に見えないものなんだ』
王子のセリフが頭の中をまわる。
そう、外見に魅かれてたとか初め思ったけれど、そうじゃない。
内面からあふれる密の気高さとか、素直さとか、誇り高さとか。
そんな目に見えないものが、きっと俺を引き付けてたまらなかったんだと思う。

星の王子さまを読んだあの日から、俺の恋は はじまったのだ。
俺が想うほど密が俺のことを想っていなかったとしても。
俺は密のことが好きなんだ。


空を見上げれば、雲が薄くかかった夕焼けが、あたりを美しい朱色に染めていた。
今夜はきっと、星が綺麗だろう。
もしかしたら、王子が花に水をやっている姿が見えるかもしれない。
そしてその隣に、宇宙服を着込んだ誰かの姿もあるかもしれない…。

そんな乙女チックな想像にひたる自分が可笑しくて、軽く笑った。
そんなことしてないで、早く密を追いかけなくては。

「密ー!まってよーーー!!!!」








だけど都筑は知らない。
密のカバンの奥底にある本の間。
淡い薄紅色の綺麗なしおりが、大切そうにはさまれていることを。

もう一人の恋心も、もしかしたら同じ時期にはじまったのかもしれない。


+END+




HITNO2222
白雪鏡様/闇末/都筑×密/シリアス(付き合うきっかけの話)



0020711(木)