風紀委員長はため息をも咬み殺す
朝。 まだ、少し冷たい風がほほを撫でる。 玄関をでて、その新鮮な空気を鼻腔に吸い込んだ雲雀恭弥の目に、 見知った人間の横顔が映った。 「...君、何してるの。目障りなんだけど。」 冷ややかな空気よりも冷ややかな口調で言い放つ。 「よぅ!良い朝だな!!」 ランニングをかねてシャドウボクシングをしていた笹川了平は、 そんな言葉にも熱い返事を返し、"シュッ"と、口を鳴らして空を拳で打った。 どれだけ走っていたのだろうか。 ジャージと肌の隙間からは、うっすらと体温と汗で蒸発した湯気がでている。 「どいてくれる?」 ただただ疎ましさを込めた、校内では絶対であるはずの風紀委員の冷徹な命令。 しかし、ゴーイング・マイ・ウェイそのものな、この男の耳には、遠く届かない。 雲雀は、爽やかな朝を男臭い汗の匂いで邪魔をする笹川に、苛立ちを隠せずに舌を打った。 この男には、言葉は通じない。 全く軋みもしない小奇麗な雲雀家の門の戸を開けると、不機嫌な顔で学校へと足を進める。 そんなため息交じりの雲雀の肩を、笹川は軽いジャブで叩いた。 「早いな。もう学校に行くのか。」 「...。」 振り向きもせず、言葉も返さない。本来ならば、重いトンファーでぶちかましているところだ。 だが、そんなことすらこの男には返してやらない。 無視。 それが一番だと思った。 しかし、そんな雲雀に対しての笹川の態度は、まるですねた子供をあやすようだった。 ふぅーっと、雲雀が吐きたい大きなため息を、笹川が吐く。 「すまんな。俺はもう少し流してから行く。先に行っててくれ。」 何が言いたいのかわからない。 雲雀が笹川と登校したいなどとは、思っているはずもなく。 むしろ、なぜ自分の登校時間に家の前にいるのか、 どこからその言葉がでてきたのか、 めっちゃくちゃにぶん殴って脳内を解体して見てやろうかと思っている時だった。 そんな雲雀の白いうなじを引き寄せるように、突然、笹川は腕をまわした。 いきなりの行動に、雲雀の不機嫌度は頂点に上がる。 「何、やってんの? か みこ ろ ... っ 」 やはり一発痛いのを、見舞ってやろうとしたところだった。 周囲の空気が、一瞬にして静まる。 身を捩じらせた雲雀の、お決まりの言葉は。 最後まで言い終えることなく、遮られてしまった。 笹川の体温が、口腔の粘膜を通して伝わってくる。 絡めとられた雲雀の言葉は舌の上で撫で回され、その息は上がるしかない。 ジャージ越しに伝わる汗にしみた笹川の引き締まった身体と、その匂いにくらくらする。 低いはずの雲雀の体温は、まるで熱が移ったように一気に上昇した。 人の気配はしないとはいえ、いつ誰が通りかかるかわからない道端。 しかも、自宅の前。 現状が脳に伝わると同時にふりかざしたトンファーを、笹川は軽くかわす。 「これで我慢してくれ。」 悪びれもせず、ニカっと憎たらしい男は笑う。 (何が我慢?何を我慢??むしろ今、すぐさま咬み殺したいのを我慢してるんだけど?) かわされたトンファーを、苛立ちにまかせて数度、空を切るように振り下ろす。 今、ここで、それを本人に向けて振り下ろすことは容易い。 ― はずなのだが。 いつもと調子の違う自分の体温に、雲雀は足を動かすことができなかった。 頭の中で巡らせた叱咤も、いつもならば我慢どころか行動に移しているはずだ。 「...今度やったら、その舌 喰い千切って咬み殺すよ。」 唸る様な、殺気を込めた低い声で威嚇する。しかし、そんな姿すらも楽しむように笹川は、 「熱烈だな!!熱いキスは、極限大歓迎だ!」 と恥ずかしげもなく言い放ち、体の前で両拳をガンっと合わせたのだった。 「... .. . 。」 あまりの言葉の通じなさに、次の句がでてこない。 「いかん!もうこんな時間か!!俺も学校へ行く準備をせねば!!」 そんな雲雀の心情を置いてけぼりにするかのように、 己がやりたいことだけをやった笹川は、慌てて元来た道のほうへと向きなした。 スポーツタイプの時計を見ながら、"ホッホッホッ"っと小さい呼吸と共に足を上げはじめる。 「じゃぁな!また学校で!!」 拳を振りかざす目の前の男に、いまだに雲雀は動けない。 自分一人、"何かをやりとげた感"で満ちた顔をした笹川は、拳を天にかざし 「今日も極限だーーー!!!」などと叫びながら、雲雀家を後にした。 先ほどの出来事が、まるで無かったかのように、シン...と、静まり返る。 そうしているうちに、数件向こうの家の犬が吼えているのが聞こえてきて、 ようやく雲雀は不思議な重だるさから開放された。 風が、とたんに冷たく感じられる。 呆れなのか、何なのか。 脳内の思考がなかなか活動を再開しない。 「...っ チ 。」 そんな自分に苛立ちを覚えて、小さく舌打ちを空に漂わせると。 再び、笹川の舌が口腔内に思い出され。 さらに、雲雀の苛立ちを煽ったのだった。 *** 「ワォ。君、素敵なTシャツ着てるね。それ、指定の物じゃないよね。」 「ひ...っ!す、すぐ脱ぐんで!許してください!!!」 「残念だね。今日の僕は機嫌が悪いんだ。」 「そ、そんなっ!」 「...問答無用。」 「ひぃぃぃぃーーーーっっ!!!!!」 日中の校内。軽やかなトンファーの音とは真逆に、骨が折れんばかりの 重い音をたてて、一生徒が地面に倒れ落ちた。 周囲はざわめきとともに、雲雀のいつも以上に非情なそれが、いつ自分に 向けられるのかわからないと、恐れ慄く。 そんな生徒たちを、雲雀は獲物を狩るような厳しい目で見やった。 −本日の風紀委員の風紀チェックが、至上無い程に凄惨だった理由を、 誰も−理由を作った本人ですらも、知らない。 「...咬み殺すよ。」 |
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20080321